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Ten-Year Summary 5

A Decade Report of Our Laboratory

IL-34研究の展開

 上記の通り、研究資金、そして優秀な人材を得て、腫瘍におけるIL-34の役割に関する研究を展開することができた。まず、2016年Cancer Research論文の続報的な内容として、ヒト肺癌におけるIL-34だけでなくCSF-1の発現の意義を調べた論文をムハンマドが発表した(Baghdadi M et al. High co-expression of IL-34 and M-CSF correlates with tumor progression and poor survival in lung cancers. Sci Rep. 2018 Jan 11;8(1):418. doi: 10.1038/s41598-017-18796-8)。

 次に、韓国からの留学生韓ナヌミさんが修士課程在学中に免疫染色を中心に行なったメラノーマに関する研究のうち、IL-34の発現がニボルマブ抵抗性に寄与することを示唆する症例を英文論文にまとめた(Han N et al. Enhanced IL-34 expression in Nivolumab resistant metastatic melanoma. Inflamm Regener 38:3, 2018. doi.org/10.1186/s41232-018-0060-2)。メラノーマに関しては、これより先に博士課程学生の林えりかさんが細胞内シグナル伝達分子MITFに関する論文を報告している(Hayashi E et al. aMSH stimulation contributes to TGF-b1 production via MC1R-MITF signaling pathway in melanoma cell. Inflamm Regener 35: 244-254, 2015)。

 IL-34はヒトの腫瘍にも発現している。また、それは予後と関係し、臨床的に意味のある発現である。そういったことを我々は次々と明らかにしていった。まずは卵巣がんである。卵巣がんは薬剤耐性になることで有名ながんである。この研究に取り組んだのは聖マリアンナ医大産婦人科から国内留学で来ていた遠藤拓君である。本研究で、Stageが進行するとIL-34の陽性率も高くなることを明らかとした。論文は最後リバイズのところで後輩の羽馬直希君(博士課程学生)が活躍し、二人をco-firstとしてInternational Immunologyに発表した(Endo H & Hama N et al. Interleukin-34 expression in ovarian cancer: A possible correlation with disease progression. International Immunology doi:10.1093/intimm/ dxz074, 2019)。

 大腸がんにおいてもIL-34は重要である。博士課程学生の小林拓斗君は多変量解析で、IL-34は単独の予後不良因子であることを初めて明らかとした(Kobayashi T et al. Prognostic value of IL-34 in colorectal cancer patients. Immunological Medicine 42:169-175, 2019)。上記の卵巣がんもそうであるが、これらの臨床検体の解析では、自前で準備した臨床検体ももちろん解析したが、文部科学省新学術領域研究コホート・生体試料支援プラットフォームの支援を大いに受けた。

 乳がんにおけるIL-34の発現は特徴的である。当初、乳がん全体で調べていた際はIL-34の重要性は見出せなかった。しかし、乳がんにはレセプターの発現の違いにより様々なサブタイプが存在する。修士課程学生の北川郁人君がトリプルネガティブ乳がん(TNBC)では他のサブタイプに比べIL-34の発現が高いことに気づいた。その後、同じく修士課程学生の梶原ナビール君がこの点について詳細に調べ、やはり多変量解析でIL-34は単独の予後不良因子であることを明らかとした。論文はBreast Cancer誌に掲載され(Kajihara N et al. Interleukin-34 contributes to poor prognosis in triple-negative breast cancer. Breast Cancer  (2020).  https://doi.org/10.1007/s12282-020-01123-x)、梶原君はそれをもって修士課程を短縮修了した。北大医学院修士課程の歴史上、初めてのことであった。

 IL-34が発現していると腫瘍が悪くなるのであれば、その発現を抑える薬剤はないか?そもそもIL-34はなぜ腫瘍において発現するようになるのか?この点について取り組んだのが研究員であったデリヌル・アニワルさんと博士課程学生となった韓ナヌミさんである。彼女らは、IL-34のプロモーター領域を調べ、BRD4が結合すること、またそれを低分子化合物JQ1が抑制しうることを見出した(Han N & Anwar D et al. Bromodomain-containing protein 4 regulates interleukin-34 expression in mouse ovarian cancer cells. Inflammation and Regeneration, in press)。

 ムハンマドは多発性骨髄腫においてIL-34が発現しており、それは骨病変の形成に重要であることを初めて明らかとした(Baghdadi M et al. A role for IL-34 in osteolytic disease of multiple myeloma. Blood Advances 2019 3:541-551)。また、熊本大学菰原先生との共同研究でリンパ腫に、またアラビア系男性に発症した炎症性嚢胞にIL-34が発現していることを明らかとした(Komohara Y et al. Potential anti-lymphoma effect of M-CSFR inhibitor in adult T-cell leukemia/lymphoma. J Clin Exp Hematop2018;58(4):152-160, Baghdadi M et al. Enhanced expression of IL-34 in an inflammatory cyst of the submandibular gland: a case report. Inflamm Regener 38:12, 2018))。ムハンマドはまた多くのレヴュー論文を著し、この時期のIL-34研究を牽引した(Baghdadi M et al. Interleukin 34, from pathogenesis to clinical applications. Cytokine 99: 139-147, 2017, Baghdadi M et al. Interleukin-34, a comprehensive review. Journal of Leukocyte Biology 2018:1-21, )。

 IL-34はがんの治療と大いに関係することがわかった。この10年間は免疫治療、中でも免疫チェックポイントと呼ばれる免疫抑制分子の阻害による抗腫瘍効果の改善が注目された時期であったが、この治療においてがん微小環境におけるIL-34の発現は大きな影響を与えることを我々は明らかにした。様々なマウスがん腫瘍モデルにおいて抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体の投与は抗腫瘍効果をもたらすのだが、腫瘍にIL-34が発現しているとこの効果が減弱もしくは消失する。そこで抗IL-34抗体を投与するとどうなるか?治療効果がきれいに回復する。その時、腫瘍内のマクロファージは炎症型の形質を示すことも分かった。この研究では清野の古巣、順天堂大学の免疫学教室から抗体をご供与いただき実験を行い、懐かしい部分もあった。韓国の企業と共同研究でPDXモデル実験も行い、良い経験になった。論文は羽馬君、小林君、韓さんがco-first authorとなり、共同作業で完成させた(Hama N, Kobayashi T, Han N, et al. Interleukin-34 limits the therapeutic effects of immune checkpoint blockade. iScience 2020)。

 今後は、IL-34を抑制するような薬剤を開発し、治療抵抗性の解除を可能にするような新しい治療法の開発に繋げていきたいと考えている。

 

ハダカデバネズミ免疫研究

 ハダカデバネズミは長寿であり、がんにならないと言われている。と言うことは腫瘍免疫が特殊で、何か特別な仕組みを持っているのではないかと考えた。ハダカデバネズミ研究を行っている三浦恭子さんが同じ研究所にいたので(現在は熊本大学)、ハダカデバネズミの免疫系を調べさせていただくこととした。すると、マクロファージと思われる分画にNKマーカーであるNK1.1が定常状態で発現している。もしかしたらハダカデバネズミのマクロファージはNK活性を持っていて、それが抗腫瘍効果を発揮しているのではないかと考えたが、残念ながらそこまでは明らかにすることはできなかった。実験は当初修士課程学生の阿部優里香さんが行なっていたが、フローサイトメトリーでハダカデバネズミの免疫細胞を詳細に解析したのは初めてのことだったので、講師の和田はるかさんと北大第二内科から来ていた博士課程学生の柴田悠平君がその内容で論文をまとめた(Wada H et al. Flow cytometric identification and cell-line establishment of macrophages in naked mole-rats. Scientific Reports 9:17981, 2019)。

 

iPS細胞を用いた細胞・組織移植

 さて、移植免疫に関する研究である。再生医学や再生医療という用語が使われるようになって久しいが、その実態の多くは移植であったりする。他人から細胞や組織を移植されれば必ず免疫反応(拒絶反応)が起きる。よって再生医療においても免疫制御は極めて重要な問題なのである(Seino K et al. New immunosuppressive strategies for transplantation based on pluripotent stem cell (PSC)-derived immunoregulatory cells. Stem Cell Transl Invest 2015; 2: e504, Wada H et al. New immune regulation strategy in the age of regenerative medicine using pluripotent stem cells. Inflamm Regener 35: 238-243, 2015)。

 日本においてはiPS細胞研究が盛んで、iPS細胞をソースにした細胞・組織移植のためにHLAホモのiPS細胞がストックされている話は上に書いた。HLAすなわちMHCがマッチしていてもマイナー抗原は不一致である。しかしこのようなMHC-matched but minor antigen-mismatchedの組み合わせでの移植の際の免疫反応はよく分かっていなかった。そもそもそれを調べる実験モデルが存在しなかった。そこで我々はマウス皮膚移植の系を用い、このMHC-matched but minor antigen-mismatchedの実験系を樹立することにした。このモデルは非常に良く出来ていて、マイルドに拒絶される組み合わせ、マイナー抗原のみ不一致なのに非常に強く拒絶される組み合わせも同定することができた。論文は修士課程学生であった村田智己君(現在は博士課程在籍中)が頑張ってまとめ、Scientific Reportsに掲載された(Murata et al. Establishment of an experimental model for MHC homo-to-hetero transplantation. Scientific Reports 10:13560, 2020)。どうもこの研究の重要性を世の中の人はすぐに理解できないらしく、論文が受理されるまでに1年以上の時間がかかってしまった。しかし、本モデルを用いてどういった免疫抑制法が良いか、寛容誘導はできるのかなど、重要な研究が進行中である。今後の発展に乞うご期待、である。

 

COVID-19、そして

 言うまでもなく、2020年は新型コロナウイルスに翻弄された年となった。我々の研究室も一時期はほぼ閉鎖、非常にアクティビティが下がった時期もあったが、現在は大分回復した。この年は多くの人の心に残ることであろう。そして歴史を語る上でも重要な年になるに違いない。

さて、COVID-19は言うまでもなくウイルス感染症であり、免疫が大いに関与する病気である。毎日COVID-19に関する報道等を見てはいたが、そうは言ってもがんと移植を専門とする(と公言している)我々が貢献できる部分は少ない、と考えていた。しかしひょんなことでこの病気に関わるようになる。清野は日本炎症・再生医学会の公式英文誌であるInflammation & Regenerationの編集委員を仰せつかっているのであるが、その編集長である慶應義塾大学の岡野栄之先生からCOVID-19特集号のguest editorを拝命した(Okano H and Seino K. Steps towards COVID-19 suppression. Inflamm Regener 40:13, 2020)。そこで、日本全国のウイルス学、免疫学、感染症内科学、薬学等のエキスパートに連絡を取り、最新の情報を論文として発表していただくことをお願いした。この特集号は一見の価値ありである。そして私たち自身もマクロファージ活性化症候群(macrophage activation syndrome: MAS)に関するReview論文を発表した(Otsuka R and Seino K. Macrophage activation syndrome and COVID-19. Inflamm Regener 40:19, 2020)。今後どのようにこの病気の、特に免疫学的な部分に関与して行けるかについて現時点では定かではないが、もし我々の研究がCOVID-19の制圧に少しでも寄与することができれば、研究者冥利に尽きると言うことであろう。どのような貢献ができるか、注視していきたいと考えている。

 

 本HPでも明記しているが、我々の研究室では主にがんと移植にフォーカスを当てている。それは、清野が消化器外科時代に経験し、取り組んできたテーマであるからである。と言うと聞こえは良いが、ずっとそのことばかりやっていたわけではない。がんと移植に関係ない研究をやっていた時期もあった。しかし、10年前にこの研究室を開くにあたり、やはり学生さん向けに、そして外部向けに、この研究室は何をやっているのか分かりやすく伝える必要があると考えた。そこで、色々な欲望や邪念を振り解き、勇気を持って「がんと移植」の研究を行う、と宣言したのである(それでもまだ2つあるとお叱りを受けるかもしれない)。

 しかし上記の通り、必要であれば感染症に関する研究など我々が貢献できるのであればスローガンに囚われず果敢に踏み込んでいこうとも考えている。その一つが細胞治療である。病気の治療において重要な「薬」は、これまで低分子化合物から高分子(タンパク質、抗体など)へと発展してきた。これらは現在も、また今後も重要であることに変わりはない。一方、今後は「細胞」が薬のように使われる時代が来るであろうと考えている。実際、既にCAR-T細胞療法や間葉系幹細胞が実用化されている。今後はさらにそれを洗練化し、自分自身(もしくは他人)の細胞を自在に操り(変化させ)疾患の治療に用いるようになるのではないか。その観点から、免疫細胞を用いた細胞治療として、現在肝線維症に対するマクロファージ療法に着目している。まだ検討を始めたばかりであるが、次の10年間どのように発展させられるか、楽しみにしている。(2020.10.07)

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