Ten-Year Summary 2
A Decade Report of Our Laboratory
多能性幹細胞由来免疫抑制性細胞
上述したとおり、多能性幹細胞から機能性細胞を分化誘導し、それを移植するいわゆる再生医療の実現が期待されている。実際の移植にあたってはドナーとレシピエントの関係が重要である。他人であれば当然アロの反応が起きる。理想的なのは自家移植であり、iPS細胞であればそれが理論上は可能となる。世の中(研究)の流れとしては当然その方向に向かい、免疫学を専門とする我々が貢献できる部分は少ないのではないかと考えていた。しかし、iPS細胞を用いた移植においても、細胞調製の時間的また経済的問題により、HLAを考慮した(HLAホモの)iPS細胞を事前に作製しストックするといういわゆるiPS細胞ストック事業が京都大学を中心に行われるようになった。また、日本においてはあまり盛んではないが、細胞移植のソースとしてはES細胞も依然重要である。ES細胞を用いた場合はドナーとレシピエントの関係はまずアロとなり、免疫学的な問題の解決が必要となる。以上のような理由から、我々は多能性幹細胞から免疫を制御するような細胞を誘導することは再生医療の時代において重要なことであると考え、実験、研究を重ねてきた。
まずそれを具体化してくれたのは工藤浩也君である。工藤君は聖マリアンナ医大腎泌尿器外科から国内留学で当ラボに来てくれた最初の博士課程学生である。当初はマウスES細胞から抗原提示細胞を誘導し、コスティミュラトリー阻害と組み合わせればうまく行くのではないかと考えた。しかし、彼は論文を調査し、抗原提示細胞分化の過程で終盤にIFNを作用させると免疫制御性の細胞を作れるとの報告をもとに、同様の刺激を試してみた。その結果、TLRの刺激を組み合わせることで、iNOS陽性のマクロファージ様細胞の誘導に成功し、この細胞がT細胞を抑制することを見出した。
この論文は、米国東海岸から当時新たに刊行された幹細胞系の雑誌に投稿した。どうもまだ査読システムが整っていなかったようで、また免疫に関する内容をうまくハンドリングできなかったのか、とにかく待たされることが多かった。それでもリバイズとなり、最初の投稿から1年以上経過し、やっと届いた通知は「掲載せず」。しかも理由は何も書いていない。全くもって憤慨したし、何よりも困った。抗議の手紙も書いたが、定型的な返事が来るのみ。本当に失礼なことだとは思ったが、ともかく論文を世に出すことが必要で、PLoS Oneに投稿した。こちらの方も追加実験はあったと思うが、ようやく掲載に至った(Kudo H et al. Induction of macrophage-like immunosuppressive cells from mouse ES cells that contribute to prolong allogeneic graft survival. PLoS One 9(10): e111826, 2014)。思えば北大に来てから始めた仕事の最初の論文であり、生みの苦しみをいやというほど痛感させられた1本でもある。
その後、北大腎泌尿器外科から当ラボに来ていた博士課程の佐々木元君は、世の中にあまり出回っていなかったBALB/cマウス細胞からiPS細胞を作製し、それを用いて同様の免疫抑制細胞を誘導した(Sasaki H et al. New immunosuppressive cell therapy to prolong survival of iPS cell-derived allografts. Transplantation 99: 2301-2310, 2015)。この論文では、作製した免疫抑制細胞はT細胞だけでなくB細胞応答(抗アロ抗体産生)も強く抑制することが明らかとなった。
同様の抑制性細胞を霊長類の多能性細胞からも作れるのか?実中研の佐々木えりかさんとの共同研究で、マーモセットのES細胞をいただき、これにチャレンジした。しかし、マウスと同じ方法では作製は困難であった。我が研究室直属の博士課程大学院生である辻飛雄馬君はヒストンのmethyltransferase EZH2を阻害するDZNepを培養系に加えることでこの点を解決した。マウスとは表現系が多少異なるが、アロの反応を抑制する細胞を誘導することに成功し、同じく我が研究室直属の博士課程大学院生である大塚亮君と協力し論文をまとめた。論文はつい最近、Scientific Reportsに掲載された(Tsuji H & Otsuka R et al. Induction of macrophage-like immunosuppressive cells from common marmoset ES cells by stepwise differentiation with DZNep. Sci Rep 10:12625. 2020)。(2020.08.03)
胸腺上皮細胞の分化誘導
上記免疫抑制性細胞と似た方向性ではあるが多少異なるアプローチとして、胸腺上皮細胞の分化誘導にも取り組んだ。胸腺はまさに自己免疫寛容を司る臓器。そして、既報としてアロの胸腺上皮細胞を移植しておくとそのドナーに対して免疫寛容になるという観察があった。そこで我々は免疫寛容を目的として胸腺上皮細胞の分化誘導に取り組んだ。担当したのは大塚亮君。なかなか分化効率が上がらず苦戦したが、彼はFoxN1をiPS細胞に遺伝子導入することでそれを改善した。論文発表までには時間がかかったが、最近Scientific Reportsに掲載された(Otsuka R et al. Efficient generation of thymic epithelium from induced pluripotent stem cells that prolongs allograft survival. Sci Rep 10:224, 2020)。大塚君は北大医学部保健学科を卒業後、修士課程から博士課程に至るまで我が研究室に所属し、昨年春無事に修了した。そして、昨年秋から助教となりますます活躍している。つい最近は、iPS細胞を用いた移植における免疫学的な問題に関して総括的なReview論文も著している(Otsuka R et al. Inflamm Regen 40:12, 2020. https://doi.org/10.1186/s41232-020-00125-8)